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健全な肉体は健全な精神に宿る

健全な肉体は健全な精神に宿る
循環|短編小説

循環

健全な肉体と健全な精神は、どちらか一方ではなく、互いを支え合っている。

朝、目が覚めたとき、彼はまず足首のあたりに意識を向けるようになっていた。冷えているか、重いか、昨日より少しでもましなのか。若いころは、目覚めとはもっと無邪気なものだった気がする。眠りから浮かび上がればそのまま一日が始まった。今は違う。体のどこかが黙っているか、どこかが不機嫌か、それを確かめてからでなければ、自分が今日という日に入っていけない。

住まいは静かだった。外では車の音が遠くで湿って聞こえ、室内には冷蔵庫の低い唸りと、ノートパソコンの起動音だけがあった。彼は自宅で仕事をしていた。画面を開けば、連絡があり、原稿があり、考えるべきことがあり、最近ではAIもいた。年齢のわりに仕事は増えた。若いころよりむしろ忙しいくらいだった。便利になったのか、不自由になったのかは分からない。ただ、椅子に座っている時間だけは、年々確実に長くなった。

画面の前にいれば仕事は進む。頭もまだ働く。企画も考えられるし、人の相談にも乗れる。言葉も出てくる。だから彼は、自分はまだ大丈夫だと思っていた。少なくとも、思いたかった。少し膝下が冷えるくらい、少し寝つきが悪いくらい、少し気分が曇るくらい、大したことではない。中年とは、そういう細かい不具合を抱えながら進んでいくものだろう、と。

だが、ある時期から、頭の鈍さが体の不調と区別できなくなった。考えがまとまらない朝がある。人にやさしく返事をしたいのに、文面がどこか硬い。昨日まで好きだった音楽が今日は遠い。読みかけの本の一節が胸に入ってこない。気力の問題だ、と彼は思った。精神が疲れているのだ、と。けれど、そういう日に限って、足先はひどく冷え、肩は前に巻き、呼吸は浅く、昼を過ぎても一度も外気に触れていなかった。

逆もあった。少し長めに歩いた日、湯に浸かって体の芯まで温まった夜、よく眠れた翌朝には、理由もなく世界が整って見えた。窓の外の雲の動きに目が止まり、コーヒーの苦みがきちんと苦く、小さな連絡にも穏やかに返せる。仕事の判断も早い。以前なら面倒に思えた作業も、手をつけてしまえば案外すぐ終わる。精神力が戻ったのだと最初は考えた。しかし本当は逆で、肉体の側が先に静まり、その静けさに精神がようやく腰を下ろしただけなのかもしれなかった。

若いころ、彼は精神のほうが上位にあると信じていた。強い意志が体を従えるのだと。少々疲れていても気合いで動けるし、情熱があれば夜更かしも無茶も正当化できる。実際、それで乗り切れた時期もある。地方を移り、職を変え、人に会い、恋をし、結婚し、生活を組み替え、そのたびに精神が体を引っぱっていく感覚があった。だが、いまは分かる。体は黙って耐えるが、記憶している。無理をした分、眠らなかった分、固まった分だけ、あとで静かに請求書を出してくる。

それでも彼は、肉体だけを整えれば済むとも思わなかった。心が荒れている日は、歩いても風景が入ってこない。眠る前まで誰かの言葉に傷ついていたり、自分の価値を疑っていたりすると、食事はただの作業になるし、湯気の立つ味噌汁もただ熱い液体にすぎない。気持ちが先に崩れれば、姿勢は崩れ、呼吸は浅くなり、手足は冷える。精神が曇れば肉体もまた従う。結局のところ、片方だけを救い出すことはできないのだった。

ある雨の朝、彼は仕事を始める前に、珍しくパソコンを開かなかった。湯を沸かし、窓を少しだけ開けた。湿った空気が入ってきて、遠くでタイヤが水を切る音がした。ラジオもつけず、通知も見ず、ただ立ったまま雨を見ていた。何をしているのだろう、と少し可笑しかったが、その数分で、自分がここしばらく自分の体を道具としてしか扱っていなかったことに気づいた。仕事を運ぶための器具、締切に間に合わせるための椅子の部品、そんなふうに。

彼はその日、昼に短く外を歩いた。たった十五分だった。足取りは軽くなかったが、帰ってきたとき、呼吸の深さが違っていた。夕方には、止まっていた文章が一つ進み、夜には妻との会話にも余計な棘がなかった。劇的なことは何も起きない。人生が変わるわけでもない。ただ、体が少しほどけ、心が少しほどけ、そのおかげで明日を必要以上に恐れずに済む。それだけで、人は案外まともになれる。

健全な肉体があるから、精神は健全になろうとする。健全な精神があるから、肉体を粗末にしないでいられる。どちらが先かは、日によって変わるのだろう。朝は体が心を助け、夜は心が体を眠りへ連れていく。大切なのは優先順位ではなく、循環を止めないことなのかもしれない。

彼はまた机に向かった。画面の中には相変わらず仕事があり、未読もあり、考えるべきことが並んでいた。けれど、今朝の彼は、それらに食い潰される前に、ひとまず背筋を伸ばし、足の裏を床につけ、ゆっくり息を吐いた。そんな小さなことに、意味がある年齢になったのだと思った。そしてたぶん、それは衰えではなく、ようやく自分というものの取扱説明書を読み始めた、ということなのだった。